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高沢氏本人の収集した資料に加え、高沢氏は他の人が収集した社会運動関連の資料も集めました。これらも収集家の許可を得て高沢文庫に含まれています。それらの中には収集家の意向により寄贈者の名前をつけた文書になっているものと匿名のまま高沢文庫に加えられたものとがあります。文書は高沢文庫の時代的・地理的幅、運動の種類をより一層深めるものとなっています。
相原・古屋(あいはら・ふるや)文書
相原文夫(あいはらふみお)氏は翻訳家、編集者として戦前の日本左翼運動に参加していました。戦後は活動家である氏の妻(古屋能子)とともに社会運動を続け、1960年代・70年代の新左翼運動の支持者となりました。夫妻が世を去ってからは夫妻の家族により書籍、個人的な書類といったものが高沢氏に寄贈され、高沢文庫の相原・古屋文書の名をつけて高沢氏により整理されました。相原古屋文書の資料は相原氏によって日本語に翻訳された戦前のヨーロッパのマルクス主義者の著書が多くあります。相原氏とギョルギ・ルカシュなどの著者たちとの間で交された書簡、相原氏が所有したドイツ語、英語の書籍雑誌の原書なども文庫に含まれています。
古屋能子(ふるやよしこ)氏は1960年代後半の反ベトナム戦争市民運動であるベ平連において活動し、婦人運動においても活動していました。この文庫は氏のベ平連の資料、抗議運動に関する切り抜き資料をはじめ、婦人運動やその他の運動で氏が書いた論文の写しも含んでいます。この文書にある書簡や他の個人資料は2000年に開封されました。
武石和実(たけいしかずみ)文書
武石和実氏は1960年代後半から70年代前半にかけて第四インターナショナル日本支部(通称:第四インター)という新左翼の一部として抗議活動を続けた団体に所属していた学生活動家でした。氏は後に出身地の沖縄に戻り、出版、古書販売に携わり現地の労働運動、米軍基地問題の運動に参加していました。武石文書は第四インターナショナルの出版物、そして1970年代、80年代の沖縄における社会運動に関する数多くの資料を有しています。
平井吉夫(ひらいよしお)文書
平井吉夫氏は1960年代の安保闘争中、共産主義者同盟に参加していた早稲田大学の学生でした。平井文書はこの時期の資料がもとになっています。平井氏は現在も市民運動に参加し、活動を続けています。
五味雅彦(ごみまさひこ)文書
五味正彦氏は1967年よりノンセクト活動家としてさまざまな抗議運動に参加した早稲田大学の学生で、早稲田大学で米反学連の活動に参加していました。1968年の全国的なエンタプライズ抗議運動の組織だてに貢献し、のちに新左翼の共同組合書店、模索舎を立ち上げるにあたって中心的な人物として活躍しました。この文庫は1960年代後半の主な抗議運動を起こした組織活動の資料やこの時期の出版物からなっています。
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